米本和広の顔画像や住所は?山上徹也の手紙全文も調査!

2022年7月8日、安倍晋三元首相の銃撃事件で、殺人容疑で送検された山上徹也容疑者(41)が事件前、安倍元首相の殺害を示唆する手紙を岡山市内から島根県松江市に住む男性に送っていたとみられることが分かりました。

山上容疑者が手紙を送った男性は、フリージャーナリストの米本和広氏(71)です。

手紙はA4判1枚で、統一教会への強い恨みがつづられていたそうです。

米本氏は自身のブログで統一教会への批判を展開し、住所も記していました。

山上容疑者と面識はありませんでしたが、手紙には、米本氏のブログの読者であり、過去に投稿欄に書き込んだことがあると記されていたそうです。

米本和広氏とは一体どういった人物なのでしょうか。

米本氏の顔画像や住所はどこでしょうか。

また、山上徹也容疑者の手紙の全文内容も気になります。

そこで「米本和広の顔画像や住所は?山上徹也の手紙全文も調査!」と題して、記事をまとめていきます。

 

米本和広の顔画像や住所は?

米本和広氏の顔画像と住所は公開されているのでしょうか。

米本氏の顔画像について調べましたが、カルト集団や宗教などの社会問題を専門に扱う「カルト新聞」というサイト記事に顔画像がありました。

しかし、2011年の記事に顔画像が掲載されているので、こちらは約11年前の写真でした。

現在の顔画像を探してみましたが、見つかりませんでした。

次に米本氏の住所について調べましたが、こちらは米本氏の個人ブログにて確認ができます。

島根県松江市の住所があり、最新のブログが2022年5月でしたので、現在もこちらに掲載されている住所に住んでいると思われます。

また、ブログには携帯電話番号も掲載されています。

山上容疑者はこちらのブログから住所を知り、手紙を送ったものと思われます。

 

米本和広が受け取った山上徹也の手紙全文は?

米本和広氏が受け取った山上徹也容疑者の手紙の全文はどのような内容だったのでしょうか。

米本氏が受け取った手紙について調べましたが、内容が既に公開されています。

手紙には「銃の入手に(時間を)費やして参りました」と告白しています。

また、「母の入信から億を超える金銭の浪費、家庭崩壊、破産…この経過と共に私の10代は過ぎ去りました。その間の経験は私の一生を歪ませ続けたと言っても過言ではありません」と、生い立ち、旧統一教会との因縁などが書かれていました。

そして「安倍(元首相)の死がもたらす政治的意味、結果、最早それを考える余裕は私にはありません」と殺害を示唆していました。

手紙には岡山市内の郵便局が押したとみられる7月の消印があり、日付の判読は難しいらしいのですが、山上容疑者は7日に岡山市を訪れ、遊説中の安倍元首相を手製銃で襲おうとしたことが分かっているため、7日に手紙を投函したとみられています。

米本氏は事件について「許されることではない」とした上で、手紙から受けた印象について「文章がすごくまとまっていて、分かりやすい。頭がいいなと思った」と話しています。

また米本氏は「だれも相談する人がいなかったのかもしれない。私に友達的なものを感じてくれていたのなら、岡山からならバスで2時間で来ることができる。犯行の前に連絡して相談してほしかった」と話しています。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は「米本和広の顔画像や住所は?山上徹也の手紙全文も調査!」と題して、記事をまとめてみました。

安倍晋三元首相の銃撃事件で、山上徹也容疑者が事件前、安倍元首相の殺害を示唆する手紙をフリージャーナリストの米本和広氏に送っていたことが明らかになりました。

米本和広氏の顔画像や住所を調べました。

顔画像は「カルト新聞」というサイトで2011年の記事と共に当時の米本氏の顔画像が確認できます。

また、住所に関しては、米本氏のブログに掲載されていました。

山上容疑者が米本氏に送った手紙の全文ですが、公開されています。

主に生い立ち、旧統一教会との関わりなどが書かれていましたが、中には安倍元首相の殺害を示唆する文章もありました。