冨田弘子はなぜ失踪してどこにいた?何をしてた?

北朝鮮に拉致された可能性を排除できないとされていた大阪市の冨田弘子さんが、国内で見つかっていたことが報じられて話題となっています。

冨田弘子さんは41年前の1980年8月、両親と同居していた自宅から行方不明になっていました。

拉致されたわけではなかったことはよかったですが、一体なぜ失踪して、どこにいたのでしょうか?
また、40年者間何をしていたのでしょうか?

そこで、「冨田弘子はなぜ失踪してどこにいた?何をしてた?」と題して記事をまとめていきます。

 

冨田弘子はなぜ失踪してどこにいた?

今回無事に発見された冨田弘子さんですが、なぜ失踪してどこにいたかについて、気になる人は多いと思います。

大阪府警はホームぺージの「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」というページで、冨田さんの特徴や失踪した時期について公開していました。

そのため、当時は北朝鮮による拉致の可能性もあると考えられていたんだと思われます。

しかしながら、今回北朝鮮による拉致が否定されたわけですが、今の所詳しい失踪理由については報道されていません。

大阪府警のHPを確認しても、彼女がなぜ失踪したのかに関する情報は記載されていません。

そのため、現時点では冨田さんが失踪した理由については皆目見当が付かず、推測をせざるを得ない状況です。

 

何らかのトラブルで自宅から行方不明に?

大阪府警は冨田さんの失踪に関して「事件性なし」と判断しているので、北朝鮮に拉致された可能性は否定されています。

このことから、冨田さんは自分の意思で失踪したことになります。

冨田弘子さんが行方不明となったのは1980年(昭和55年)8月1日のことです。

報道によると、自宅から行方不明となったということです。

一つ失踪した理由として考えられるのは、家族間でのトラブルです。

何かのきっかけで冨田さんは自宅から出て、その後家族と連絡をとらなかったのかもしれません。

12月3日に冨田さんが発見されたと報道された後、現在に至るまで本人が今回の件について詳細を語っておらず、警察も何も発表していないことをを考えると、話すことができない特段の事情があったのかもしれません。

 

冨田弘子はどこにいた?

今回発見された冨田弘子さんですが、40年間もの間どこで生活していたのでしょうか。

今の所、どこで生活していたのかという情報は入っていません。

ただ、大阪府内で生活をしていれば、大阪府警が自分を捜索しているという情報は何かの媒体を通じて知ると思います。

そのため、大阪以外の場所で暮らしていた可能性があります。

日本の情報がそれほど入ってこない海外で生活をしていたということもありえますね。

 

冨田弘子は失踪後の40年間何をしてた?

冨田さんが失踪したのは1980年(昭和55年)のことです。

失踪してから40年が経過しているわけですが、一体その間何をしていたのかも気になりますね。

40年もの間の期間なので、普通に生活をしていたということになるでしょう。

きっと、仕事もしていたと思われます。

あるいは、援助者のような人がいて、一緒に生活をともにしていたのかもしれません。

冨田さんの現在の年齢は64歳で、年齢を考えると結婚をして夫や子供がいる可能性だってあります。

失踪している間、大阪府警の呼びかけで北朝鮮による拉致の可能性を否定できない人について告知をしていたと思われますが、苗字が変わっていなければ知人が知られせたり警察に連れていっていたと思います。

それがなかったということは、結婚をして苗字が変わっているか、「偽名」で生活をしていたのかもしれません。

 

冨田さんは記憶喪失の可能性?

冨田さんは大阪府警に「拉致の可能性が排除できないとして警察のホームページで公開されているとは知らなかった」と話しているといいますが、41年間も親兄弟に連絡しないというのは一般的には考えられません。

記憶喪失にでもなっていたのでしょうか?

 

実際は拉致の可能性も?

上記で、冨田弘子さんは北朝鮮による拉致の可能性は否定されたと書きました。

しかし、これは警察がそのように発表しているということです。

そのため、ややうがった見方ですが、公式発表として「事件性はない」としているだけで、実際は拉致をされていたという可能性を完全に否定できるものではないと思います。

今回何らかの事情で北朝鮮が冨田さんを解放して日本に連れ戻したということもありえるとは思います。

うがった見方ですが、そのような見方をしてしまうほど、何か裏がありそうな案件ですね。

 

まとめ

今回は、「冨田弘子はなぜ失踪してどこにいた?何をしてた?」と題して記事をまとめました。

北朝鮮に拉致された可能性を排除できないとされていた大阪市の冨田弘子さんが、国内で見つかっていたことが喜ばしいことではありますが、今回報じられた件ではいまだに多くの謎が隠されています。

そもそもなぜ冨田弘子さんは41年前の1980年8月、両親と同居していた自宅から行方不明になり失踪したのか、40年間もの長期間、今までどこにいたのかが気になります。

さらに、40年間何をしてたのかも調べました。

かなり推測の部分が多いです。

これだけ注目されている案件なだけに、警察や本人の口からきちんと説明してほしいものです。