【死去】大森田不可止のwiki経歴|死因や病気と本名+年齢に画像

  • 2021年11月5日
  • 2021年11月5日
  • 訃報

ゲーム開発者の大森田不可止氏が亡くなったということが報じられて話題となっています。

一体どのような人物なのでしょうか。また、死因や病気は何だったのでしょうか。

報道の概要

Game Sparkは以下のように報じています。

ゲーム開発者の大森田不可止氏が亡くなられたことが、複数のゲーム開発者のTwitterアカウントで発表されています。

同氏は、ナムコ(現バンダイナムコエンタテインメント)やチュンソフト(現スパイク・チュンソフト)で数多くのゲーム開発に参加し『いただきストリート』や『かまいたちの夜』にも携わっていました。なお、葬儀に関しては、御家族含めごく少数でのお見送りに留められるとのことです。

大森田不可止氏のご冥福をお祈りします。

出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/721941d05b1c791a6707846e03bb11b0c5482cbd

ネットの反応

国民
かまいたちの夜、大ファンです。
小学生の頃、お年玉で買ったは良いものの怖すぎて1人でやる時は音量を0にしてやった記憶があります。
国民
開発者だけでなく、チュンソフトのサウンドノベル「街」にカメオ出演されてるのを初めて知りました。ゲーセンの管理人だったんですね。。
国民
このような人こそ偉大なり。
ご冥福を祈ります。
国民

偉大な作品をありがとうございました、ご冥福をお祈りします。

国民

とても楽しいゲームを
ありがとうございます!

国民

かまいたちの夜2は名作だと思います。

出典:ヤフーニュース

大森田不可止のwiki経歴|本名+年齢

名前:大森田不可止(おおもりた ふかし)
血液型:B型
星座:天秤座
住所:東京都新宿区
職業:プログラマ、ディレクター
出生地:青森県

大森田不可止氏は元ナムコ、チュンソフトのプログラマ、ディレクターです。

ナムコ時代にMSXやファミコンへの移植作品を担当。
雑誌「ハイスコア」の編集者などを経て、「いただきストリート」第1作のプログラミングを担当しました。
その後、糸井重里のSFC「モノポリー」を担当したことが縁となり、MOTHERシリーズの「どせいさん」のモデルになったといいます。

「弟切草」からチュンソフトに参加(その後正式に移籍)し、【ドラゴンクエスト・キャラクターズ トルネコの大冒険2 不思議のダンジョン】のディレクターを担当しました。

続編である【ドラゴンクエスト・キャラクターズ トルネコの大冒険3 不思議のダンジョン】の前に独立していましたが、引き続き手がけました。

自身のTwitterで、出自について明かしています。
青森県八戸市で生まれて、東北地方を転々としていたことを公表しています。

「大森田不可止」というのが本名なのか気になりますが、おそらく本名ではないのではないかと思われます。

本名や年齢を調べてみましたが、公には公表されていません。

ただ、推測すると年齢は50代程度なのではないかと思われます。

 

大森田不可止のアカウントと思われるFacebookがありました。そちらに顔画像が公開されています。

https://www.facebook.com/people/%E5%A4%A7%E6%A3%AE%E7%94%B0-%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E6%AD%A2/1252398231

 

大森田不可止の死因や病気

大森田不可止氏の死因については明らかになっていません。

Twitterでは10月10日に投稿をしています。それからまだ一か月も経たないうちでの訃報なので、体調が急変したか、不慮の事故か何かの可能性が考えられます。

Twitterでは母親に関するツイートも目立ちます。今年で89歳になったといいますが、母親よりも先に先立たれたのだと思われます。

 

体調面を調べたところ、2021年3月には、3度目の帯状疱疹を発症したことを明かしています。

ちなみにお酒が好きだったようで、結構な量を飲んでいる方だったようです。

追記

大森田不可止さんの死因について調べていたところ、以下のツイートを発見しました。

以下のツイートによると、大森田不可止さんは病気で自宅で倒れて、発見が遅れたとされています。

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