岡本公三の高校や学歴は?兄弟家族や若い頃の画像も調査!

1972年5月30日イスラエルのテルアビブ空港で銃乱射事件が起こり、26人がなくなりました。

実行犯は日本赤軍に所属していた岡本公三さんを含む3人です。

岡本さんは逮捕されましたが、ほかの二人は死亡しました。

裁判にかけられた岡本さんは終身刑となり服役していましたが、パレスチナ解放人民戦線総司令部との捕虜交換により釈放されました。

この時に岡本さんは鹿児島大学から懲戒処分を受けています。

そんな岡本さんの出身高校や学歴はどういったものなのでしょうか。

また、岡本さんの兄も日本赤軍に所属していますが、兄弟や家族はいるのでしょうか。

若い頃の画像があるのかも気になります。

今回は「岡本公三の高校や学歴は?兄弟家族や若い頃の画像も調査!」と題してまとめていきます。

 

岡本公三の高校や学歴は?

岡本さんは熊本県葦北郡芦北町出身で小学校校長の子供として生まれ、熊本マリスト学園高等学校を卒業後しました。

岡本さんの兄二人が進学した京都大学を受験しましたが、二階失敗し、鹿児島大学の農学部に入学したそうです。

テルアビブ空港襲撃事件で逮捕されたとき、鹿児島大学から懲戒処分を受けています。

 

岡本公三の兄弟家族は?

岡本さんには二人の兄がいて、中でも次兄を非常に尊敬していたといいます。

次兄は岡本さんが受験に失敗した京都大学を中退、1968年の東大安田講堂事件に参加、1970年にはよど号ハイジャック事件を起こしています。

長兄は検索してみましたが、経歴などは見つけられませんでした。

小学校校長である父親は、岡本さんがイスラエルで逮捕されたときに、イスラエル大使館に対して「極刑にしてほしい」とわび状を贈ったそうです。

 

岡本公三の若い頃の画像は?

岡本さんは日本から国際手配を受けているため、手配書のようなものが公開されています。

新聞の記事などでも、当時のテルアビブ空港銃乱射事件が取り上げられ、逮捕された岡本さんの画像が取り上げられていました。

2000年にレバノンに政治亡命し、以降政治活動などを制限されているため、公の場に姿を現すことが稀で、近年の画像のほうが出回っていないのではないでしょうか。

 

まとめ

今回は「岡本公三の高校や学歴は?兄弟家族や若い頃の画像も調査!」と題して記事にまとめてきました。

1972年にイスラエルの空港で乱射事件を起こして26人を死亡させた容疑で逮捕された岡本公三さんが2022年の5月30日に公の場に姿を現しました。

岡本さんは2000年にレバノンに亡命後は政治活動などに制限がかかっていることから、姿を見せるのは稀なことです。

岡本さんの学歴は熊本マリスト学園高等学校を卒業後、京都大学の受験の失敗を経て、鹿児島大学農学部へ入学しました。

しかし、テルアビブ空港襲撃事件で逮捕されたとき、鹿児島大学から懲戒処分を受けています。

岡本さんの兄弟や家族ですが、岡本さんには兄が二人おり、特に次兄を非常に尊敬していたそうです。

長兄については情報が見つかりませんでした。

父親は小学校校長で、岡本さんが事件を起こしたときにイスラエル大使館に詫び状を贈ったそうです。

岡本さんはイスラエルに亡命していて、日本政府か国際指名手配をかけています。

いまだに手配は解かれていないため、当時の画像で公開されており、確認することができました。