大島弓子のwiki|結婚や家族|家は一軒家で病気はがん?

「綿の国星」「グーグーだって猫である」などで知られるマンガ家の大島弓子さんが文化功労者に選出されて話題となっています。

大島弓子さんとはいったいどのような人物なのでしょうか。

報道の概要

コミックナタリーは以下のように報じています。

文部科学省が決定する文化功労者は、日本において文化の向上発達に関し多大な功績をあげた人物に贈られる称号。白泉社では「大島弓子先生は、1968年のデビュー以来少女漫画の世界に新風を吹きこみ、繊細な作品世界によって多くの読者の心を掴み、後進のクリエイターにも大きな影響を与えています」と大島の功績を紹介している。

また大島はコメントで、文化功労者に選出された驚きをユーモアたっぷりに綴りながら、「深く感謝をする気持ちとともにお受けすることに いたしました」「お世話になった方々、そしてたくさんの猫たち ほんとうにありがとうございました」と感謝を述べた。

出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/91c3c2541d0196393bcea9ad79d7b4a9b07c1372

 

ネットの反応

国民

大島弓子先生おめでとうございます!!

 

国民
大島弓子が文化功労者に! 探し出さねば、夏の終りのとか逢魔の時間とか。 三度の焚書を経て生き残っているはずだ。
国民
大島弓子先生の文化功労賞受賞のコメントに同じ空の下に生きておられるんだなぁとそれだけで泣いてる。雲の上の存在すぎて普段あまり実感できないから…
国民

大島弓子さんのマンガで昭和、平成、そして令和の女性の生き方を見比べてみるのも面白いかも…

国民

いつか取って当然だと思ってたけど大島弓子先生。おめでとうございます。

国民

これで大島弓子作品の再版がバッとかかって大島弓子さんに印税がガッと入ったらいいな~

出典:ヤフーニュース

大島弓子のwiki

名前:大島弓子(おおしまゆみこ)
生年月日:1947年8月31日
年齢:74歳
出身:栃木県大田原市
職業:漫画家
活動期間:1968年 –
ジャンル:少女漫画・エッセイ漫画
代表作:『バナナブレッドのプディング』(1977年)
『綿の国星』(1978年-1987年)
『秋日子かく語りき』(1987年)
受賞 第2回日本漫画家協会賞優秀賞
(1973年・『ミモザ館でつかまえて』)
第3回講談社漫画賞少女部門
(1979年・『綿の国星』)
第12回手塚治虫文化賞短編賞
(2008年・『グーグーだって猫である』)

大島弓子さんは、栃木県出身の女性漫画家です。

萩尾望都・山岸凉子・竹宮惠子と並んで、少女漫画界で「24年組」と呼ばれる一人とされています。

1947年(昭和22年)8月31日に栃木県大田原市で生まれました。

高校は栃木県立大田原女子高等学校を卒業しています。

高校卒業後の1968年、短期大学在学中に初めて持ち込みをした作品『ポーラの涙』が『週刊マーガレット』春休み増刊に掲載され、デビューを果たします。

それ以降、『週刊マーガレット』や『週刊少女コミック』『別冊少女コミック』、『週刊セブンティーン』、『LaLa』『ASUKA』などで活動してきました。

 

大島弓子の結婚や家族

大島弓子先生は結婚をして家族がいるのでしょうか?
調べてみたところ、大島さんが結婚しているという情報はないことがわかりました。情報がないことから、旦那(夫)さんはいらっしゃらなく、独身である可能性が高いです。

ただ、大の猫好きで知られています。

1982年から一緒に暮らしてきた愛猫サバが1995年10月6日に死去。その後、同じ年の冬に新たに迎えたアメリカンショートヘアにグーグーと名付け、日常を描いたエッセイ漫画『グーグーだって猫である』を発表したことで知られています。

1997年7月にはもう1匹が仲間入り。その後もネコは増え続け、2007年5月時点で猫9匹、犬1匹という生活になったそう。

1年後の2008年5月には更に増え、猫が13匹という多頭飼育となったことが作品の中で発表されました。

独身かもしれませんが、たくさんの猫に囲まれながら、猫の世話をしながら自分のペースで幸せに暮らしていると思われます。

 

大島弓子の家は一軒家

大島弓子さんは2001年までの24年間、吉祥寺駅から5分のところにある2DKの築33年(2001年当時)のマンションで暮らしていました。

2001年にはマンションを売却して、「一坪ほどのささやかな庭がついた小さな一軒家」に引っ越したと、単行本「ほうせんか・ぱん」のあとがき漫画で描かれています。

一軒家を買った理由は猫の世話をするためだそうです。

大島弓子さんは飼い猫だけではなく庭に来る猫の世話もしているので、自宅の家は猫ハウスと言っても過言ではない状態だといいます。

日常や自宅の家、猫への愛情については「グーグーだって猫である」でつづられています。

一軒家の場所はわかりませんが、もともと吉祥寺に住んでいたこともあり、吉祥寺からあまり離れた場所ではないと思われます。

大島弓子の病気はがん?

大島弓子さんは卵巣腫瘍を手術し、定期的に抗がん剤を受けていたことがあります。

癌を患ったのは1997年で、その年の12月に入院して卵巣がん3期の手術・化学療法を受けています。大島さんが50歳のときのことです。翌1998年7月に退院しました。

最後の入院治療が終わった直後の夜、真っ黒な子猫を保護し、キャリーケースに向かって話しかけたというエピソードがあります。

「あのさ あんたが長寿を全うして 最後はわたしにみとらせてくれるつもりがあるなら うちの子になってもいいよ」

「すなわち『わたしの延命も約束してくれるなら』と言っている様なものだが」「子猫は傾いたカゴの中で たしかにコックリとうなずいた」(「グーグーだって猫である2」角川文庫)

参考:https://kuroe-sato.com/2017/10/04/post-2745/

その後、大島さんのがんが再発していないとしたら、拾った子猫(クロ)へのおまじないが効いているのかもしれません。

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